『――聴いてたんだ?』
 彼の驚いたような声。
「……うん」
 セレナーデ。
 シューベルトの歌曲。
 あたしの、心の、歌。
 ――そしてきっと、彼の歌。
 大学の授業で先生が取り上げて――だから、あたしも、内容を知っていたのだけど。
『――不意打ちだよ、この前はなにも言わなかったくせに』
 もしかして、照れてる?
 少し拗ねたような声音なの。
 ――だって。
「だって、すごく、嬉しかったから……」
 そう言うと、電話の向こうからは返事が返ってこなかった。  
 でも、嫌な沈黙じゃないの。
 どこか、ふんわり、暖かいの。
「……ちょっと普通のと違うよね?」
 今度は少し苦笑する風の声が耳に届く。
『リストが編曲したやつだからね』
 そうなの?
 それから、また少し沈黙がおりて、彼の指が鍵盤を駆け抜ける音が聞こえてくる。
『……ちゃんと、聞こえる?』
 うん、と、そう返事をした。
『じゃあ、弾くよ』
 彼が言って、その後、コツンという電話を置く音が響いた。
 そして、  
 あの日聴いたのと同じメロディを紡ぎ出す。


ひそやかに訴えかける私の歌声は
夜の闇を抜けて君のもとへと届く
この静かな森の中へ
恋人よ
さあおいで
Leise flehen meine Lieder
Durch die Nacht zu dir;
In den stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir


 どこまでもロマンティックで、心の奥底に響く。
 美しく、奥深く、想いを遠くに運ばせる。
 そう……思ってた。


木々の細いこずえはざわめく
月の光の中で
告げ口好きなおしゃべりが
聞き耳を立てていても
恋人よ
心配しないで
Flüsternd schlanke
Wipfel rauschen
In des Mondes Licht,
In des Mondes Licht,
Des Verräters feindlich Lauschen
Fürchte, Holde, nicht,
Fürchte, Holde, nicht. 

 だけど、違った。
 違ったの。
 電話というフィルターがかかって、まっすぐ届いてこないの。
 心を、貫かない。


夜鶯の声を聞いているかい
ああ、鳥たちは君に訴えかける
優しい嘆きのさえずりで
私の切ない想いを
Hörst die Nachtigallen schlagen?
Ach! sie flehen dich,
Mit der Töne süsßen Klagen
Flehen sie für mich.


 だたただもどかしいだけ。
 気持ちが募るだけ。
 聴いたら、少しは気持ちが楽になるのかと思っていたのに。
 素直に喜べるはずだったのに。
 いとしい、と、そんな気持ちでいっぱいになるはずだったのに。
 もっと、
 もっともっともっと切なくなった。


夜鶯は胸の中の熱望をわかっているし
恋の痛みを知っている
銀の鳴き声で揺さぶるのだ
この揺れ動く心を
Sie verstehn des Busens Sehnen,
Kennen Liebesschmerz,
Kennen Liebesschmerz ,
Rühren mit den Silbertönen
Jedes weiche Herz,
Jedes weiche Herz.

「……会いたい」
 思わず口からこぼれていて。
 そして。
『――うん』
 彼も、そう、声を返してくれる。
『……会おうよ』
 ほんの少しの時間でも。
 お茶を飲むだけの、そんなささやかな時間でもいいから。
「……うん」
 一緒に過ごしたいよ。


だから君も心を動かして欲しい、
恋人よ
私の歌で...
震えながら待ちわびているから、
ここへ来て
私を幸せにしてくれ
Laß auch dir die Brust bewegen,
Liebchen, höre mich!
Bebend harr' ich dir entgegen,
Komm, beglücke mich,
Komm, beglücke mich,
Beglücke mich!


 会いたいよ。
 今すぐにでも。
『会いに行くよ』
 ……待って、いるから。
  Fin.
 
+ヒトコト+
作中の枠内はシューベルトによる歌曲
「セレナーデ〜白鳥の歌より〜」

ルードウィヒ・レルシュタープ
による詩です

和訳に関しては
梅丘歌曲会館」に掲載されている
藤井宏行さんから快くお許しを戴き
掲載させていただきました
この場でも御礼申し上げます
本当にありがとうございました!
   
 
 
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